2006年

2006年12月25日 (月)

有馬記念のレーシングプログラム

競馬場やウインズへ行くと
無料の出馬表がもらえる事は、
ご存じだと思う。

この出馬表は、
俗に言うレープロが
(レーシングプログラム)
どんな物かもご存じだと思う。

これがあって、
ちょっと馬を知っていれば、
競馬新聞を購入しなくても
気軽に馬券を買う事も
できない訳じゃない。

このレープロ。
今回の有馬記念版が
ネットオークションで
千円以上の値が付いている
って言うじゃない!

PATで馬券を買うともらえない、
このレープロ。

一体どんな内容か見てみたいじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

これ。。
2006年 有馬記念 レーシングプログラム

arimap1.jpg
表紙

arimap2.jpg
P1

arimap3.jpg
P2

arimap4.jpg
P3

arimaplast.jpg
裏表紙

おそるべしは、
JRA

馬の紹介は1から3ページしかないが
きっちり
1着、2着、3着が
紹介されている!!

無料なのにね。

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2006年12月18日 (月)

ダンスインザムード引退。兄弟もすばらしかった。

ダンスインザムード
03年中山の2歳新馬戦で6馬身差勝利でデビュー。
04年フラワーカップを制し重賞初勝利。
桜花賞を2着に2馬身差をつけて4戦無敗で制す。
dance_in.jpg
ちなみに牡馬の皐月賞は、ダイワメジャー!
そして、優駿牝馬(オークス)では、4着に敗退。

ダンパ(姉)のように気性難か、
こちらは長距離が怪しい感じ。

優駿牝馬後、
アメリカンオークス招待Sで惜しくも2着!!。
帰国後は、秋華賞で4着と敗れる。

そして何故か天皇賞(秋)。
ゼンノロブロイの2着に好走。

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
血は争えない。
G1ではきっち好走!

さらにマイルチャンピオンシップに出走し
2着に入る。
04の最後は香港カップに出走したが、
13着と惨敗する。

04年は、JRA賞最優秀3歳牝馬を受賞した。

05年の4歳は、昨年の疲れなのか惨敗が続く。
秋の天皇賞でやっとヘヴンリーロマンスの3着と好走し、
マイルチャンピオンシップでは
4着と徐々に復調の気配を見せる。

06年初戦は、読売マイラーズカップ。
同期のダイワメジャーの2着に敗れた。
次走、第1回ヴィクトリアマイル。
復活のG1、2勝目を飾る。

安田記念は出走するも5着に敗れ、またもアメリカへ遠征し、
キャッシュコールマイル招待S(G3)で優勝した。

秋は、毎日王冠に出走しダイワメジャーの2着。
続く3度目の天皇賞(秋)でも、
ダイワメジャーの6着と敗れ、
マイルチャンピオンシップでも
またもダイワメジャー2着に敗れた。
最後のレースとなった、
香港マイルでは後方のまま12着に敗れさり、引退となった。

21戦5勝(G1 2勝)
他海外4戦1勝

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
--------------------------

実姉
ダンスパートナー

95年1月小倉デビュー。
桜花賞は、ワンダーパヒュームの2着。
優駿牝馬(オークス)を優勝。
この時、次週の東京優駿(日本ダービー)よりも
0.6秒速い勝ちタイム!

その後フランスのノネット賞へ海外遠征!!
ヴェルメイユ賞G1に挑戦するも惜敗。

帰国して、牝馬で菊花賞へ挑戦し
マヤノトップガンの5着。

95年JRA賞最優秀4歳牝馬(旧齢)を受賞。

96年春の京阪杯を制し、
宝塚記念でマヤノトップガンの3着走。
エリザベス女王杯で、ヒシアマゾンらを退けて優勝!!

96年のJRA賞最優秀5歳以上牝馬(旧齢)を受賞。

97年またも海外
香港のクイーンエリザベス2世カップで8着に敗れたが
宝塚記念では前年に続きまたも3着。
京都大賞典でも2着に入るが、
エリザベス女王杯でエリモシックに敗れると、
有馬記念は、全く走らず惨敗し引退した。

抜群のポテンシャル、血統からスタミナの裏付け、
中距離では常に人気となるが
気性的な面から追い込みを主とした脚質だったため、
展開が向かないと勝てずに
通算成績は25戦4勝(G1 2勝)

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
海外遠征に
惨敗で引退・・。

--------------------------

実兄
ダンスインザダーク
95年デビュー。
2戦目のラジオたんぱ杯3歳ステークスで
ロイヤルタッチ、イシノサンデーに次ぐ3着。

96年きさらぎ賞でロイヤルタッチの2着。

次走弥生賞で、1番人気のイシノサンデーを破り優勝。

皐月賞は、月曜日に発熱し、回避することに。
その後、プリンシパルステークスで快勝。

東京優駿(日本ダービー)に武豊のダービー初制覇をかけて
出走したが、
デビュー3戦目のフサイチコンコルドの2着に!!
武豊は
「直線で抜け出した際にどこかに油断があった」
と発言している。

秋初戦の京都新聞杯を完勝し、
ついに伝説の菊花賞へ。
直線に入った時は
12番手の位置取りから
当時の伝説の
上がり3ハロン33.8秒
という破格の末脚で
差しきり勝ち!!最後の一冠を手にした。

しかし、数日後に屈腱炎を発症してそのまま引退!!

96年のJRA賞最優秀4歳牡馬(旧齢)を受賞。
8戦5勝(G1 1勝)

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
G1勝利に
JRA賞。

4代血統表 ダンスインザムード
(ダンスインザダーク&ダンスパートナー)

牝 5歳   2001年 青鹿 (千歳市)


*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)

Halo

 1969年 (米)
Hail to Reason
 1958年
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
 1953年
Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well

 1975年
Understanding
 1963年
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
 1964年
Montparnasse
Edelweiss

*ダンシングキイ


 1983年 鹿毛 (米)
Nijinsky

 1967年 (加)
Northern Dancer
 1961年 (加)
Nearctic
Natalma
Flaming Page
 1959年
Bull Page
Flaring Top
Key Partner

 1976年
Key to the Mint
 1969年
Graustark
Key Bridge
Native Partner
 1966年
Raise a Native
Dinner Partner

ダンスインザムード01生
ダンスインザダーク93生
ダンスパートナー92生

Almahmoud 4 x 5
Native Dancer 5+5 (母方)

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2006年12月 9日 (土)

ヒシアトラス ダート重賞名脇役

ヒシアトラス
生涯成績は36戦10勝
06エルムS G3 1着
06マーチS G3 1着
05平成S G3 1着
05フェブラリーS G1 3着

10月9日の南部杯2着後にノドの異常、
脚のむくみが見られ入院。
血管肉腫(全身の筋肉に転移する悪性腫瘍)と診断された。

有効な治療法がなく、12月6日安楽死の処置が取られた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダート重賞の常連だった、ヒシアトラス。

初の重賞勝ちは05の平安S。

04年は、
マーチS 4着
アンタレ、東海テをそれぞれ3着
その後OP、H戦を3戦連続2着
じり脚で
OPクラスを
勝ちきれない内容が続いた。

04年ラストの師走Sで
約9ヶ月ぶりの勝利。

そして05年の平安Sへ。
重賞も5度目の挑戦となっていた。

1番人気ジンクライスが外を回った直線、
最内で鋭くのびると
2着ブラックコンドルに3馬身半の圧勝。

ついに念願の重賞初勝利。
一気にフェブラーSへの展望が開けた。

次走は、やはり、
フェブラリーS G1

05年2月20日のこのレース、
メインテーマは、「新旧交代」

昨年の王者、アドマイヤドン、(04フェブ1着)
秋の王者、タイムパラドクス(JCD1着)
これまでのダート界の
強豪に
ヒシアトラスは、
正攻法で勝ったのだ。

新旧世代交代ーー

しかし、
時代は、別の次元で
さらなる新星を生んでいた。
メイショウボーラー。
影を踏ませぬレコードの快勝だった。

2着には、シーキングザダイヤ。

並み居る強豪に先着しても、
ヒシアトラスは、
ダイヤに首差の3着だった。

そして、彼は、また、
地味な重賞の常連に戻っていった。

今年(06年)の彼は、重賞を2勝、
1着2回-2着3回-5着2回
抜群の安定感
いぶし銀の存在感
地味な存在ながら、
確実に重賞の常連であった。

4代血統表 ヒシアトラス

牡 6歳   2000年 黒鹿 (千歳市)


*ティンバーカントリー

 1992年 栗毛 (米)
Woodman

 1983年 (米)
Mr. Prospector
 1970年 (米)
Raise a Native
Gold Digger
Playmate
 1975年
Buckpasser
Intriguing
Fall Aspen

 1976年
Pretense
 1963年
Endeavour
Imitation
Change Water
 1969年
Swaps
Portage

タックスヘイブン


 1991年 鹿毛 (千歳市)
Alydar

 1975年 (米)
Raise a Native
 1961年 (米)
Native Dancer
Raise You
Sweet Tooth
 1965年
On-and-On
Plum Cake
*タックスペイヤーズフォリー

 1984年 鹿毛 (米)
Lt. Stevens
 1961年
Nantallah
Rough Shod
Party's On Me
 1977年
Stevedore
Pardon My Speed

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Raise a Native 4 x 3
Swaps 4+5 (父方)
Native Dancer 5 x 4
Raise You 5 x 4
Nasrullah 5+5 (母方)

兄弟
ルミナスハーバー牝2歳
(父アグネスタキオン 母タックスヘイブン)

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2006年12月 5日 (火)

ウオッカで乾杯 阪神ジュベナイルF

四位は、3年ぶりのG1を手にした。

「あとは、鞍上が変わらないように、がんばりたいと思います。」
四位は、笑って言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
母に最初に跨ったのは武豊。
武は、勝たせてあげらず、
蛯名、松永、藤田、村本と乗り変わった。

2歳の夏にデビューするも、
なかなか勝てずに、
なんとか2勝で
桜花賞へすべり込む。

初のG1、
藤田を背に12着に敗れた。

その後も勝てずに
条件戦。
ある夏札幌の
条件戦。
母は9着の時、
ラスリングカプスは12着にいた。

最後に勝ったのは、900万下。
この時、鞍上武豊。
この馬との初勝利だった。

母の名は
タニノシスター。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
父は、四位が跨って、
未勝利を脱した。
その後、武豊でG3を連勝。

武豊は、
2月に骨盤骨折し
再び四位が跨った。

初のG1皐月賞。
「あの流れで前にいかないの?
と言う人がいるかもしれないけれど、
それでも力でねじ伏せられると思ってました。
考えていた以上に前が強かった・・。」

最終コーナー後ろから4、5番手。
怒濤の追い込みも3着に。

四位は馬を降りた。
次から武豊が跨った。

そして伝説のローテーション。
NHKマイルC3着し、
ダービーを勝った。
父の名はタニノギムレット

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

父の名は、タニノギムレット。
母の名は、タニノシスター。
その馬の名は、
ウオッカ。

デビュー前、
四位が調教を付けていた。

新馬戦は、鮫島が跨った。
2着に3馬身半の圧勝だった。

次は、四位が跨った。
しかし、2着。
またもコンビ解消か・・。

しかしそれは、
今後の為の・・・。
我慢の2着だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その馬の名は、
ウオッカ。

初のG1。
ついに本番。

武豊の跨る、アストンマーチャンを
交わしたところが
ゴールだった。
18_12_03hjf

四位は、3年ぶりのG1を手にした。

「あとは、鞍上が変わらないように、がんばりたいと思います。」
四位は、笑って言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

4代血統表 ウオッカ

牝 2歳   2004年 鹿毛 (静内町)


タニノギムレット

 1999年 鹿毛 (静内町)

*ブライアンズタイム

 1985年 黒鹿 (米)

Roberto
 1969年 (米)

Hail to Reason

Bramalea

Kelley's Day
 1977年

Graustark

Golden Trail

タニノクリスタル

 1988年 栗毛 (静内町)

*クリスタルパレス
 1974年 芦毛 (仏)

Caro

Hermieres

*タニノシーバード
 1972年 栗毛 (米)

Sea-Bird

Flaxen


タニノシスター


 1993年 栗毛 (浦河町)

*ルション

 1981年 黒鹿 (米)

Riverman
 1969年 (米)

Never Bend

River Lady

Belle Dorine
 1977年

Marshua's Dancer

Palsy Walsy

エナジートウショウ

 1987年 鹿毛 (静内町)

トウシヨウボーイ
 1973年 鹿毛 (静内町)

*テスコボーイ

*ソシアルバターフライ

コーニストウシヨウ
 1977年 栗毛 (静内町)

ダンデイルート

ローズトウシヨウ




4代血統表 アストンマーチャン

牝 2歳   2004年 鹿毛 (千歳市)


アドマイヤコジーン

 1996年 芦毛 (大樹町)

Cozzene

 1980年 (米)

Caro
 1967年 (愛)

Fortino

Chambord

Ride the Trails
 1971年

Prince John

Wildwook

アドマイヤマカディ

 1991年 栗毛 (大樹町)

*ノーザンテースト
 1971年 栗毛 (加)

Northern Dancer

Lady Victoria

*ミセスマカディー
 1974年 鹿毛 (英)

Tribal Chief

Hanina


*ラスリングカプス


 1993年 黒鹿 (米)

Woodman

 1983年 (米)

Mr. Prospector
 1970年 (米)

Raise a Native

Gold Digger

Playmate
 1975年

Buckpasser

Intriguing

Fieldy

 1983年

Northfields
 1968年 (加)

Northern Dancer

Little Hut

Gramy
 1971年

Tapioca

Gracile

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2006年12月 4日 (月)

小笠原 髭を剃る!!

ついに巨人入団会見の
小笠原選手

そこで
ついに
GY_2_ogasawara.jpg
ひげが無い!!

高津のような、
荒木のような、
そのお顔!!

曰く
「男のけじめだと思い、ひげをそった」

ニュースソース
サンスポ
スポーツ報知

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のだめカンタービレ ブラームス交響曲第1番

今日の、のだめカンタで
千秋が指揮した曲、
”ブライチ”
ブラームスの交響曲第1番

のだめカンタ最後で流れたもの悲しい曲は、
バーバーの管弦楽のためのアダージョ
(あれだよ、あれ。
 気がつきましたか?
 映画 プラトーンですよw)

という訳で
今日は、
ブラームス交響曲第1番について

ブラームスが21歳の時にこの曲に取りかかり、
43歳の時に完成した。

21年もの
異例の歳月をへて完成した、
ブラームスの代表曲。

闇から光への精神的闘争の内容であり、
ベートーベン第5番と同じように短い動機から構成され、
ベートーベン第9番の歓喜の主題と酷似して部分もあり、
ベートーベンの「第10番」とも名付けられた。

実は、玄人ごのみの曲で
クラッシク入門者にとっては、
案外つまらないと思われる。

しかし実は、
かめばかむほどスルメな曲で
悩みと悶え、
あきらめ、
そして、
闘争、
喜びへと
人生を味わう曲なのである。

まさに世界に羽ばたけない千秋と周りの環境を
あらわすのにぴったりな曲である。
(が のだめ では、重要な
第4楽章の「歓喜の主題」が放送されない!!
これはガッカリきわまりない。
激しい部分のみの放送だった。)

・駆け足で主な聞き所解説

第1楽章
千秋が葛藤や悩む場面等で登場する、
第1楽章のスタート部分
ティンパニのドン、ドン、ドン・・という連打と
ヴァイオリンとチェロの強烈な上昇旋律と
木管とヴィオラの下降旋律・・・
対位法的に、
緊張感と悲劇の訪れ感がたっぷりで演奏される。

この部分は、
(ウンポーコソステヌートと言う)
続くアレグロ部への序奏でしかなく。
実は後付け部分だが、
ねらい通りの悲劇感を生む名場面。

第1楽章は、この悲劇的なスタートから、
運命との闘い・反抗をへて終わる。

第2楽章
第1楽章の影響か?
少しわびしいいが人を寄せ付けない寂しさも漂う。
(この当たりが初心者には、聞きづらい!)

第3楽章
通常ならスケルツォになるところを
ゆったりとした間奏曲とした。
ここでゆったりとした落ち着きの中に
安住しようとさえする。
(さぁ初心者はいよいよ眠くなる!!)

しかし第2,第3楽章は驚異の第4楽章へのいわゆるBメロ。
聞けば聞くほど味が出てくるのは、この流れがあってこそ^^;

第4楽章
ゆっくりで堂々としたアダージョで始まり、
ピウ・アンダンテをへて、
(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオで)
どこか懐かしく、ほっとする、
ベートーベンの第9、歓喜の主題に達する。

よく似ていると言われるこの部分について、
ブラームスは、
「バカな奴らはよく同じように聞くよ」
と言ったとか
・・私は同じに聞こえないのでバカじゃないという事か?
(しかし、この聞き所、何故か
 のだめカンタでは、放送されない!!)

その後、興奮や激しさとともに歓喜の渦を迎え、
すぐ柔和となったか思うと、
また、興奮し、激し歓呼となったりとの、
感情のうねりを幾つか繰り返し、
2/2アレグロとなり、
たたみかけるように繰り返すクライマックスをえて
感動のフィナーレとなる!!
(ここはのだめでも分厚く放送 のだめも 涙w)

クラシック初心者には
第1楽章と
第4楽章を
まず聞いて頂きたい!

ブラームスが23年の
苦悩と苦労の末に
作り上げた
最高傑作
ブライチ
を是非聞いて下さいな。

おすすめCD
Wpcs21013m
1000円でもいけまっせ!!

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2006年11月30日 (木)

ハーツクライ引退決定

ハーツクライの正式引退が決定。
戦績
17戦4勝(他海外2戦1勝)
05有馬記念(GI)優勝 
06 ドバイシーマクラシック(海外G1)優勝

以下JRAのWEBから引用(クリックでJRAへ)

¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
平成16年京都新聞杯(GII)、平成17年有馬記念(GI)に優勝した
ハーツクライ号(牡5歳 栗東・橋口 弘次郎きゅう舎)は、
平成18年11月30日付で
競走馬登録を抹消することになりましたのでお知らせいたします。

なお、同馬は今後、種牡馬となる予定です。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥

4代血統表 ハーツクライ

牡 5歳   2001年 鹿毛 (千歳市)

*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)
Halo

 1969年 (米)
Hail to Reason
 1958年
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
 1953年
Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well

 1975年
Understanding
 1963年
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
 1964年
Montparnasse
Edelweiss

アイリッシュダンス


 1990年 鹿毛 (千歳市)
*トニービン

 1983年 鹿毛 (愛)
Kampala
 1976年
Kalamoun
State Pension
Severn Bridge
 1965年
Hornbeam
Priddy Fair
*ビユーパーダンス

 1983年 黒鹿 (米)
Lyphard
 1969年 (米)
Northern Dancer
Goofed
My Bupers
 1967年
Bupers
Princess Revoked

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2006年11月29日 (水)

自信が確信に変わった

「自信が確信に変わったよ」

ーT市K氏のコトバ

ある事に自信があった彼は、
ある出来事をきっかけに
それが確信になったそうだ。

競馬だそうだ。

なんの事はない。
先日の競馬で複勝1点。

3番人気のウィジャボードが
3着に入ったのだ。

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2006年11月28日 (火)

ハーツクライ引退か?!

JC(11/26)を10着に敗れたハーツクライ
道中は先行、3番手を追走していたが、
4コーナー過ぎで失速
11頭だての10着に敗れた。

レース後の関係者のコメントは

ルメール騎手:
 ノドは鳴っていたが、それはいつものこと。
 (ノド鳴りのせいじゃない)

 ノーパワー。
 4コーナーから気配が急に重くなった。
 何で急に止まったか分からない
 
 言われているのどの病気が
 影響したのかは分からない。

橋口調教師:
 あんなぶざまな競馬をするような馬ではない。
 ハーツクライではない別の馬だった。

 やはり、影響したのかも。
 これ以上イメージを壊したくない。

と微妙なコメント

すかさず、
オーナー吉田照哉氏:
 間隔があきすぎていたからね。
 もしかしたらノドの症状が進行しているのかもしれない。
 まったく競馬になっていない、
 有馬記念へ使う。そこで好走すれば、
 来年もドバイに行くかも

 手術は考えられない。ダイワメジャーは
 3歳の時(ノドの手術)だったけど、
 これだけの成績を残している馬だから。
 あえて危険をおかす事はない。

と言ったものの
 これだけの功労馬、すでに5歳。
 喘鳴症の手術は危険も伴うし、このまま種牡馬入りもある

とも語り、

 もう一度検査して問題がないようなら有馬記念に向かいたい。

と現役続行を口にした。

一夜明けた27日

橋口調教師:
 あんなに惨敗をする馬じゃない。
 レースのあと、息遣いがすごく荒かった。
(ノド鳴りの)影響があったと思う。
 頭に引っかかっていたことが、現実のものになった。
 悪化しているんだろう。

 有馬記念でも、同じような結果を生む可能性がある。
 (オーナーと)話し合えば、自分の気持ちも伝わると思う。
 今週中にも、はっきりすると思う。

と強く引退を示唆する発言が飛び出した!!

有馬記念、来年の現役続行について
オーナーサイドと話し合いが持たれる事になった。
2005arima.jpg
2005有馬記念

関係記事(コメント一部引用)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061127-00000024-spn-spo
http://www.daily.co.jp/horse/2006/11/28/0000178305.shtml

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2006年11月27日 (月)

ご当地検定-北海道観光マスター検定-公認テキストに誤り!!

古い情報なので削除扱いとしました。
近年は大丈夫なはずなので参考にしないで下さい。
管理者 グルーデン


ご当地検定
北海道観光マスター検定第1回試験が
北海道商工会議所連合会、各地商工会議所主催で
平成18年11月23日(木)祝日に
道内14商工会議所で実施されました。

HPを見てみると
サンプル問題の例示があります。
例1
北海道のシンボルとして、1966年にQ1は「北海道の木」として、
1978年にハマナスが「北海道の花・・・略
Q1は、次のどれ
1シラカバ 2ポプラ 3エゾマツ 4トドマツ

例2
日本海からニセコ連峰を横切り洞爺湖へと続くニセコQ2ラインは、
雄大な山岳景観を楽しむことができるドライブルートで、途中Q3温泉のような
野趣あふれる温泉が点在し、Q4記念館のような文化芸術・・・略
Q2、Q3、Q4は次のどれ
1オロロン 2後藤 3パノラマ 4五色 5塩狩 6有島 7黄金 8高原

地元Pや少し旅行好きな人なら
解りそうな試験問題ですが
そこにまさか、まさかの
こんな(今となっては)罠があろうとは・・

試験に先だって
公式テキスト「北海道観光マスター検定」
約130ページなるものが
価格2,200円(税込)で売られておりました。

しかしこのテキスト、
とんでもない誤りの数々があった事が発覚!!
(公式HPでは一部誤りとの事)
しかも試験10日前の11/10!!

その内容とは・・・

・・・・(リンク1)
・・・・・・
・・・・(リンク2)・・・・・・・

世界遺産の知床横断道路R334を
R334.jpg
※正しいR334の写真
R234(道央岩見沢~苫小牧間)と表記したり、


日本で一番大きいカルデラ湖と屈斜路湖を
kusyaro.jpg
※カルデラの大きさ1番屈斜路湖の写真
日本で2番としたり、

北海道遺産、
増毛山地内の雨竜沼湿原を
uryu01.jpg
旭川市内と増毛山地内に配置し、

旭川市の旭橋を
asahibasi.jpg
増毛町に配置する地図を載せ、

マニアックな世界的文化行事
1990年バーンスタイン(ミュージカルWest Side Story作曲1990死亡)が
bernstein.jpg
札幌で開始したPMFを1995年開催とする(死んでるし。。)等

とてもとても
その対象物の
歴史的背景や意義を知った時に
これは(知的に)まずいだろうという、
誤り(罠)にあふれています。

この「一部誤り」を気づかずなければ
観光マイスターとは名乗れない、
いや、名乗ったところで赤面な罠です。

そんな公認テキストの罠がなければ、
道民には良いご当地検定なので
もし、来年も検定が存続するなら
もし、検定の模範解答や採点に罠がないなら
是非、今度、受けてみようかと思う!!

しかし、ひどいテキストだこんなんで2200円か・・

関連記事の正しい情報はこちら!
北海道遺産
http://www.hokkaidoisan.org/
雨竜町観光協会http://www.uryunuma.info/main/monitor/06/060803.html

なお、
北海道観光マスター検定

公式テキスト「北海道観光マスター検定」
訂正等は↑で確認して下さい。

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2006年11月15日 (水)

北海道で津波警報! 関連情報のリンク

■速 報
北海道で津波警報 太平洋沿岸東部、オホーツク海沿岸
気象庁は十五日午後八時二十九分、北海道太平洋沿岸東部、オホーツク海沿岸に津波警報。

気象庁発表

地震の発生日時 

11月15日20時15分

震源地

千島列島

深さ

約30km

マグニチュード

8.1

速報リンク(直接文字クリック)

気象庁

各地の満潮時刻・津波到達予想時刻に関する情報

北海道新聞
Yahoo!天気情報

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北海道で津波警報!!

■速 報
北海道で津波警報 太平洋沿岸東部、オホーツク海沿岸
気象庁は十五日午後八時二十九分、北海道太平洋沿岸東部、オホーツク海沿岸に津波警報。

速報リンク

気象庁
北海道新聞
Yahoo!天気情報

本記事続き↓
http://23s.txt-nifty.com/23s/2006/11/post_231e.html

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2006年11月13日 (月)

カワカミ降着本田騎手引退?!

無敗の2冠馬だった、
カワカミプリンセス騎乗した、
本田騎手(47歳)は、
降着になったエリ女のレース後
年内引退を示唆した!!
hondagoodby.jpg

「燃え尽きた。きれいさっぱり。」
「もともと今年いっぱいで引退しようって思っていたから。
年齢も年齢だし。
でも、この一件が原因じゃない。
まあ、騎乗停止期間中にゆっくり考えるよ。」

「俺の責任だから。勝ちは勝ち。
馬は強かった。勝ったんだから。
裁決委員には“俺からナンボ制裁金を取ってもらっても構わない。
でも、馬は堪忍してやってくれ”って言ったんだけど。
でも、駄目だった…」

「来年は(カワカミを)誰かに任せる。
また応援してやってよ。
そう言えば、
オレ、エリザベス女王杯が初めて乗ったG1だったんだよな」

岡部なき今、
平地の現役最年長騎手は、
どうやら本気でムチを置くようだ。
(JRA最年長は障害の嘉堂騎手52)

ところで今回のレース
JRA審判部長
小林氏の発表では
「降着の事象は4コーナーすぎの直線、ヤマニンシュクルに対して。
本田騎手は外ムチを使って急激に内斜行している。
前をカットされたシュクルは騎手も馬もバランスを崩し、
その後のレースができなくなるほど甚大な被害を受けた。
各馬が真っすぐ走っている中、
カワカミプリンセス1頭だけが斜行している。
内に行く馬に外ムチを使っており、
明らかな降着対象。
関係者から異議申し立てなどはなかった。」
※詳しい模様は、カワカミプリンセス降着の場面(T T)

また、
レース後の本田騎手の
正式コメントは次のとおり!
「前の馬が内にモタれていたので、
それを早めに動き対処したつもりなんだが、
それを失格と判断されたのであれば、
…受け止めます。」

記事引用等
ヤフーニュース他より

関連内容
カワカミプリンセス降着の場面(T T)

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2006年11月12日 (日)

カワカミプリンセス降着の場面(T T)

エリザベス女王杯
G1 京都2200m

牝馬NO1決定戦!!

その結果は・・

00.jpg

カワカミ1着(やりー!!カワカミ流し炸裂!!)

思いきや・・

01.jpg

02.jpg

さぁ
一体何が
おきたのだろうか・・

4コーナー過ぎから
プレイバック!!

04.jpg

各馬追い出しにかかります。

05.jpg

その瞬間!!

07.jpg

あっ!!

08.jpg

いかん!騎手が引いちゃってる!!

09.jpg

あぁやっちまってるよ!!!

10.jpg

その後カワカミは強さを見せて、
1着でゴールしたものの
いやもう処分もの!!
ついに
やっぱり降着処分!!

11.jpg


勝った馬は、2着繰り上げ1着の
フサイチパンドラ
あるいみ悲願のG1制覇・・・。

一方カワカミプリンセス
前代未聞、
無敗の3冠から、
初黒星で降着12着!!

おいら、いよいよ、ついてねーぞ


4代血統表 カワカミプリンセス

牝 3歳   2003年 鹿毛 (三石町)

キングヘイロー

 1995年 鹿毛 (新冠町)

*ダンシングブレーヴ

 1983年 鹿毛 (米)
Lyphard
 1969年 (米)
Northern Dancer
Goofed
Navajo Princess
 1974年
Drone
Olmec
*グッバイヘイロー

 1985年 栗毛 (米)
Halo
 1969年 (米)
Hail to Reason
Cosmah
Pound Foolish
 1979年
Sir Ivor
Squander

タカノセクレタリー

 1996年 鹿毛 (米)

Seattle Slew

 1974年 (米)
Bold Reasoning
 1968年
Boldnesian
Reason to Earn
My Charmer
 1969年
Poker
Fair Charmer
Summer Secretary

 1985年
Secretariat
 1970年 (米)
Bold Ruler
Somethingroyal
Golden Summer
 1979年
Key to the Mint
Summer Guest

Hail to Reason 4 x 5
Bold Ruler4+5
Sir Gaylord5+5

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仏の顔も三度までー苫駒

tabacounder20.jpg

駒大苫小牧で、3年生の野球部員3人が寮内で喫煙していたことが11日発覚。

昨年8月の元部長による暴力行為。
今年3月の3年生部員(卒業者)による居酒屋での飲酒、喫煙。

3度目。

香田誉士史監督(35)の辞任は避けられない状況。
「自分たちの指導が足りなかった」とコメントした。
小玉校長は「再三にわたって皆様の信頼を裏切る結果になりまして、
謹んでおわびいたします」と謝罪。

ヤフーニュース
---------------
さすがに道民もあきれると思われ、
怒らなければ嘘である。

ダイイチ、今の3年生は、今年の春の卒業生の不祥事で
イヤな思いと選抜辞退の悔しい思いをしたはずなのに、
また自分の後輩にそんな思いをさせるのか?

高校生にもなって、
自分の責任すら解らないバカどもなのか!
という気持ちです。

教員の方々がいくら謝っても、
そーいう事じゃなく、
これはもう、生徒個人の資質の問題だと、
そうじゃないのか?

私立で金持ち、大学も約束されている、
だから酒や煙草も、働きもせずにどうどうと
曲がった見方をすれば、
そんな風にも見られてしまう学校なんだ。

そろそろ自立と自覚を始める年齢なんでは・・。

私は、むかし甲子園財政内の寄付金を払った事があるが
今年の夏の甲子園には寄付していないし、
今後もしばらくは、生徒のために金を出す事はないだろう。

ちなみに私は愛煙家です。

caster1.jpg
http://www.jti.co.jp/sstyle/index.html

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2006年11月 7日 (火)

デルタ海外G1制覇!!

7日、オーストラリアで行われた
メルボルンC G1
3歳上芝3200m
優勝賞金約2億7000万円!!

岩田騎手騎乗7番人気
04年の菊花賞馬
デルタブルース
(牡5、父ダンスインザダーク)が
同厩同じく日本馬、1番人気のポップロックを
半頭差抑え優勝!!

日本馬として史上初の快挙となる1-2フィニッシュ!!を果たした。
勝ちタイムは3分21秒4。

メルボルンCは今回が146回目という由緒正しき
豪州競馬最大級のレース。

岩田騎手のコメント(抜粋)
 まさか勝つことができるとは…。本当に嬉しい。
 正直、馬に跨って、馬場に出るまではかなり緊張していましたが、
 馬場に出てからは、いつもどおりに落ち着くことができた。

 調教師の指示もあり、スタートして馬が行く気になれば、
 逃げても構わないぐらいでだったが、
 スムーズに2番手につけられた。
 3コーナーは3番手の馬が早めに上がっていったので、
 こちらはうまく脚を貯めて、追い出せた。

 直線は長かったが、僕があきらめなければ
 必ずもう一伸びしてくれる馬なので、
 「残っていてくれ」と思った

ディープだけじゃないっすよ。
デルタやったね!!

4代血統表 デルタブルース 牡 5歳   2001年 鹿毛 (早来町)

ダンスインザダーク

 1993年 鹿毛 (千歳市)
*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)
Halo
 1969年 (米)
Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well
 1975年
Understanding
Mountain Flower
*ダンシングキイ

 1983年 鹿毛 (米)
Nijinsky
 1967年 (加)
Northern Dancer
Flaming Page
Key Partner
 1976年
Key to the Mint
Native Partner
*ディクシースプラッシュ

 1988年 鹿毛 (米)
Dixieland Band

 1980年 (米)
Northern Dancer
 1961年 (加)
Nearctic
Natalma
Mississippi Mud
 1973年
Delta Judge
Sand Buggy
Ocean Jewel

 1983年
Alleged
 1974年 (米)
Hoist the Flag
Princess Pout
Lady Offshore
 1977年
Sir Ivor
Bonnie Google

Northern Dancer 4 x 3
Nearctic 5 x 4
Natalma 5 x 4
Almahmoud  5 x 5

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2006年11月 6日 (月)

変わった馬名!!

職場の同僚の
「小田切氏所有競争馬の
馬名はサイコー!」
の一言から、

緊急企画
この馬名サイコー?

早速、小田切氏の所有馬
(以下馬名はカタカナ表記)

ロバノパンヤ、
エガオヲミセテ
結構昔の重賞常連。

オレハマッテルゼは、G1馬

でも
「俺は、待ってるぜ」
なのか
「俺、填ってるぜ」
なのかは、ちと
不明。

G1馬でもこんな状態。
他にもまだまだあるのだろうと
探してみると
確かにこれは・・・

ウソ、ナゾ、ワナ
「嘘、謎、罠」
これって売れる小説の仕掛けのような感じか?

ワオ、マジ、モチ
「わぉ!本気?餅?」
って雪見だいふく初めて喰う状態。

ロロ
テキトーに名前を付けたTVゲームの主人公

ウツクシイニホンニ
阿部総理かよ

アシデマトイ
そんな名前付けるなよ!

さぁ調子が出てきました。
さぁここからは、現役馬で作文!

重賞で
オオアタリ
それも
オレノウマ
って実は
オオボラ・・・

なんじゃこりゃ!!!

さらに
連ちゃんで作文

セイシュンジダイ
は、
ギンギラギン。
キラメクネオン

デンシャミチ。

ツイニキマシタ
ナゾヲトクカギ
アシタノタメニ
トッケンショウブ!!

ああ夢の万馬券
いつかは、
ワタシメダチタイ

馬券は外れて
コレガケイバダ
ノンデワスレテ
サヨウナラ

・・・

うーん、おあとが よろしいようで

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2006年11月 3日 (金)

スカーレットブーケを懐かしむDメジャーの母

天皇賞馬ダイワメジャー

4代血統表

牡 5歳   父 15歳・母 13歳時産駒 2001年 栗毛 (千歳市)

*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)
Halo

 1969年 (米)
Hail to Reason
 1958年
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
 1953年
Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well

 1975年
Understanding
 1963年
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
 1964年
Montparnasse
Edelweiss
スカーレットブーケ

 1988年 栗毛 (千歳市)
*ノーザンテースト

 1971年 栗毛 (加)
Northern Dancer
 1961年 (加)
Nearctic
Natalma
Lady Victoria
 1962年
Victoria Park
Lady Angela
*スカーレツトインク

 1971年 栗毛 (米)
Crimson Satan
 1959年 (米)
Spy Song
Papila
Consentida
 1962年
Beau Max
La Menina

Almahmoud 4 x 5
Lady Angela 4+5(母血統内)
Royal Charger 5 x 5
-----------------------------------------------------------------------

母スカーレットブーケ。
2千やG1レースだとちょいイマイチで掲示板。
勝てるレースは重賞1千8百mまで。
正に先日までのダイワメジャーはこの母あっての
ダイワメジャー。

今日はこのスカーレットブーケ
(ちょい懐かしい)
にフォーカス!!

21戦6勝。重賞3勝。獲得賞金約3億円。
父はあのノーザンテースト。
栗毛で美しい馬体と「スカブー」の愛称で
今なお、ファンが多い名牝だ。

デビュー戦は、
H2年七夕の日の新馬戦。
これを5馬身の圧勝で続く、
札幌3歳Sも連勝。

今で言うと早熟で桜花賞までもつかな?
となるパターンだが
当然、当時はノーザンテーストの
栗毛馬だし、クラシックが期待された。

ソエで3ヶ月程休養し
明け、デイリー杯3歳S。
ここから主戦が武豊。
しかしながら休み明け
ノーザンドライバーの8着に。

次は3歳牝馬S。
ここでは後のオークス馬
イソノルーブルに2着に敗退。

クラシックへの赤信号、
灯るか?不安な3走目、
クイーンCで武豊、
1番人気3馬身、
見事応えて快勝す。

いよいよ桜花賞が見えてきた。

ステップさらに、チューリップ賞、
ここは2着に敗れるも
ここまで戦績6戦中
優勝3回2着2回、
ついに出場
クラッシク!!

とリズミカルにここまで書いたが・・
ここからは苦難の歴史・・。
(リズムなし)

実は、
この年は明牝ぞろい。
桜花賞:シスタートウショウ(スカブ4着)
オークス:イソノルーブル(スカブ5着)
エリ女:リンデンリリー(スカブ3着)
と日替わり
G1ヒロインが現れ、

あげくの果てには、
ノーザンドライバーに
何故かどのレースでも
先着する事ができなかった。

こうして3歳はついに、
春先のクィーンCの1勝だけで終り、
やっぱり早熟性の短距離なのかと
不安もよぎった。

しかし、G1、トライアルとも安定し5着以内で走りつつ続け、
気がついたらこの馬のみが無事に4歳となれた訳で
実は名牝の予感が漂い始めたのも事実。

明け4歳
洛陽Sで初の二桁着順12着となるものの、
次の京都牝馬特別G3を1年ぶりの重勝ちで、
さらに中山牝馬SG3、
ここで重賞を連勝し、
いつの間にか中距離重賞の常連入り。

しかしその後は、
牡馬相手重賞で惜敗が続く事になるが
それでも大崩する事がなかった。

冬には4歳で繁殖入りが決まり
ターコイズSが引退レースとなったが
牝馬ながら58キロを背負される事とになる。

そでもやっぱり名牝たかがOPレースでは
実力が違う訳で
これを快勝し無事繁殖入り!!

繁殖成績は、
クラッシクでは勝てなかった同期の牝馬達には
大きく水をあける好成績で
スカーレットメール
ダイワルージュ
ダイワメジャー
等を輩出し、
正に無事これ名馬だった訳である。

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2006年10月30日 (月)

日ハム優勝関連行事(球団関係)

北海道日本ハムファイターズの
優勝パレードは11月18日(土)
AM11時から
札幌駅前の銀座通り?約1.3kmを
南4条まで
オープンカー3台と
オープンバス1台で、
40~60分程度行う予定。

費用は、約六千万円を見込んでいる。
人での予想は25万人?

・・って冬の北海道
たぶん雪も降り始めるであろう時期に
まじっすか?

もち新庄も参加予定です。

また、
翌11月19日は、
AM11時から
札幌ドームで
選手とファンの交流イベント
「ファンフェスティバル2006」
を開催。

選手がキックベースボールや、筋肉番付など行い、
サイン会や写真撮影会等も予定されている。
入場無料だが、官製の往復はがきによる申し込みが必要。

詳しくは、
ここ
っす

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2006年10月27日 (金)

北海道民でもドラきちだから、がっかりだよ!!

日ハムが優勝し、
札幌ドームはおばさま達で溢れかえり
北海道中(札幌方面中止)が
ニワカ日ハムファンに思えてならない
今日このごろ。

野球界の発展、
日ハムの営業面からは、
観客、底辺が広がり、
日ハムの優勝が
とても良かった出来事
とは思えない。

なぜなら私は、
ドラゴンズファンだからだ!!!

日ハムは、2004年の札幌移転時に
ソッコーファンクラブ入りし、
Famcl
何度も札幌ドームへ脚を運んだもんだ・・。
道民として、日ハムを応援もしたが

しかし、しかしだ
今年の日本シリーズ・・
全札幌ドームが日ハムを応援しようと
42999人が日ハムを応援しようと
何が何でも
中日万歳!!

ダイイチ北海道民は、その7割がジャイアンツファンじゃないか!!
万が一、巨人VS日ハムなら、
(そんな事はあり得ないが!!)
道民は、どっちを応援するんだろうか?

まぁいい。
それでもまぁいい。
百歩譲ってまぁいい。
としてもだ!!

よりよって、中日の五十数年ぶりの日本一を阻止した訳で
昨日は、日ハムを大嫌いになりそうになった!!

今日もまだ腹が立つので
得意の妄想で今後の日ハムの行方を予想するとしよう。

----------------------------------

・06秋 
 新庄予定どおり引退 ついでに田中ゆきおも引退。

・07冬 
 新庄がいなくなり、誰がパフォーマンス部門も担当するか?という議題から、
とりあえず外野陣!と球団命令がでる。

・07春
 キャンプはヤキュウよりパフォーマンス重視。
 森本回転ダイビングキャッチを敢行し、右肩打撲。

.07開幕
 全員がマッドマックスなバイクで札幌ドームに入場!
 開幕三連戦は、連日3万人以上の観客でとりあえず3連勝。
 しかしその後、各球団のマークのため連勝できず何とか5割で4月を乗り切る。

・07 前半
 連休の初日、BBが連敗ストップに奮起し側転を行い捻挫。
 ケチが着いたのか5月は負け越し、借金5で交流戦へ。
 すでに40試合登板のリリーフピッチャーが出始める。
 徐々に観客が減り1万人以下の日も目立ちはじめる。

・07 中盤
 交流戦は勝ち越し、何とか5割復帰で6月を終えるが交流戦が何時ドームの試合かイマイチ道民が解らず、さらに客入りが減少。
 しかたなく、チーム内のパフォーマンス競争が激化。
 森本、カツラで外野守備。
 小笠原に至っては、髭を剃る!!
 負けずにBBも丸ボーズ!!

・07 球宴明け
 既に40試合登板したリリーフが5人を超える。
 リリーフ陣の登板過多に後半戦に不安がよぎる。
 駒大苫小牧、甲子園で初戦敗退。
 相変わらず勝率が5割そこそこのため、ヒルマン監督不信が徐々に道民に発生。

・07後半戦
 昨年の疲労と今年登板過多でリリーフ陣が終盤打ち込まれ、
 失点→リリーフ→登板過多→疲労→失点の悪循環に填る。
 また、金村だけでなくダルビッシュを1リードした5回1/3で交代し、ヒルマン監督に避難が高まる。
 さらに1点ほしさに小笠原に送りバントのサイン、
 これを小笠原が失敗し、「選手と首脳陣に軋轢!!」とH道新聞で報道される。
 ヒルマン監督曰く「しんじられなーい。

・07終了
 結局この年借金3の4位でシーズン終了。
 観客動員前年比7割。
 ヒルマン監督の続投が「どさんこワイド」で議論になる。
 日本シリーズは中日vsダイエー
 4勝1負で中日が涙の日本一!! 立浪引退の胴上げ!!
 落合監督は自ら、来期の監督辞任。事実上の勇退。

・07秋
 あっさり小笠原がFAで阪神に移籍。。
 セギノールが減俸で契約更新を渋る。
 ヒルマンの代わりに、日ハムOB落合招聘に奔走するも、休息が必要と言われ、断られる。
 ヒルマン監督年俸減額に、激怒し本国へ帰る。
 「北海道のみなさん、信じられなーい。

・08冬
 繋ぎ監督として広瀬氏就任。
 ピッチングコーチに岩本がんちゃん。

・08キャンプ
 昨年の反戦からパフォーマンス厳禁令。
 かと言って、技術的な練習はなく、
 ひたすら、気合いとかガッツとかそんなんばっか。
 契約が片づいて合流した、セギは+20kgの休み明け・・。

・08開幕
 福岡で開幕。
 始球式に新庄登場。何故か阪神