2006年

2006年12月25日 (月)

有馬記念のレーシングプログラム

競馬場やウインズへ行くと
無料の出馬表がもらえる事は、
ご存じだと思う。

この出馬表は、
俗に言うレープロが
(レーシングプログラム)
どんな物かもご存じだと思う。

これがあって、
ちょっと馬を知っていれば、
競馬新聞を購入しなくても
気軽に馬券を買う事も
できない訳じゃない。

このレープロ。
今回の有馬記念版が
ネットオークションで
千円以上の値が付いている
って言うじゃない!

PATで馬券を買うともらえない、
このレープロ。

一体どんな内容か見てみたいじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

これ。。
2006年 有馬記念 レーシングプログラム

arimap1.jpg
表紙

arimap2.jpg
P1

arimap3.jpg
P2

arimap4.jpg
P3

arimaplast.jpg
裏表紙

おそるべしは、
JRA

馬の紹介は1から3ページしかないが
きっちり
1着、2着、3着が
紹介されている!!

無料なのにね。

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2006年12月18日 (月)

ダンスインザムード引退。兄弟もすばらしかった。

ダンスインザムード
03年中山の2歳新馬戦で6馬身差勝利でデビュー。
04年フラワーカップを制し重賞初勝利。
桜花賞を2着に2馬身差をつけて4戦無敗で制す。
dance_in.jpg
ちなみに牡馬の皐月賞は、ダイワメジャー!
そして、優駿牝馬(オークス)では、4着に敗退。

ダンパ(姉)のように気性難か、
こちらは長距離が怪しい感じ。

優駿牝馬後、
アメリカンオークス招待Sで惜しくも2着!!。
帰国後は、秋華賞で4着と敗れる。

そして何故か天皇賞(秋)。
ゼンノロブロイの2着に好走。

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
血は争えない。
G1ではきっち好走!

さらにマイルチャンピオンシップに出走し
2着に入る。
04の最後は香港カップに出走したが、
13着と惨敗する。

04年は、JRA賞最優秀3歳牝馬を受賞した。

05年の4歳は、昨年の疲れなのか惨敗が続く。
秋の天皇賞でやっとヘヴンリーロマンスの3着と好走し、
マイルチャンピオンシップでは
4着と徐々に復調の気配を見せる。

06年初戦は、読売マイラーズカップ。
同期のダイワメジャーの2着に敗れた。
次走、第1回ヴィクトリアマイル。
復活のG1、2勝目を飾る。

安田記念は出走するも5着に敗れ、またもアメリカへ遠征し、
キャッシュコールマイル招待S(G3)で優勝した。

秋は、毎日王冠に出走しダイワメジャーの2着。
続く3度目の天皇賞(秋)でも、
ダイワメジャーの6着と敗れ、
マイルチャンピオンシップでも
またもダイワメジャー2着に敗れた。
最後のレースとなった、
香港マイルでは後方のまま12着に敗れさり、引退となった。

21戦5勝(G1 2勝)
他海外4戦1勝

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
--------------------------

実姉
ダンスパートナー

95年1月小倉デビュー。
桜花賞は、ワンダーパヒュームの2着。
優駿牝馬(オークス)を優勝。
この時、次週の東京優駿(日本ダービー)よりも
0.6秒速い勝ちタイム!

その後フランスのノネット賞へ海外遠征!!
ヴェルメイユ賞G1に挑戦するも惜敗。

帰国して、牝馬で菊花賞へ挑戦し
マヤノトップガンの5着。

95年JRA賞最優秀4歳牝馬(旧齢)を受賞。

96年春の京阪杯を制し、
宝塚記念でマヤノトップガンの3着走。
エリザベス女王杯で、ヒシアマゾンらを退けて優勝!!

96年のJRA賞最優秀5歳以上牝馬(旧齢)を受賞。

97年またも海外
香港のクイーンエリザベス2世カップで8着に敗れたが
宝塚記念では前年に続きまたも3着。
京都大賞典でも2着に入るが、
エリザベス女王杯でエリモシックに敗れると、
有馬記念は、全く走らず惨敗し引退した。

抜群のポテンシャル、血統からスタミナの裏付け、
中距離では常に人気となるが
気性的な面から追い込みを主とした脚質だったため、
展開が向かないと勝てずに
通算成績は25戦4勝(G1 2勝)

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
海外遠征に
惨敗で引退・・。

--------------------------

実兄
ダンスインザダーク
95年デビュー。
2戦目のラジオたんぱ杯3歳ステークスで
ロイヤルタッチ、イシノサンデーに次ぐ3着。

96年きさらぎ賞でロイヤルタッチの2着。

次走弥生賞で、1番人気のイシノサンデーを破り優勝。

皐月賞は、月曜日に発熱し、回避することに。
その後、プリンシパルステークスで快勝。

東京優駿(日本ダービー)に武豊のダービー初制覇をかけて
出走したが、
デビュー3戦目のフサイチコンコルドの2着に!!
武豊は
「直線で抜け出した際にどこかに油断があった」
と発言している。

秋初戦の京都新聞杯を完勝し、
ついに伝説の菊花賞へ。
直線に入った時は
12番手の位置取りから
当時の伝説の
上がり3ハロン33.8秒
という破格の末脚で
差しきり勝ち!!最後の一冠を手にした。

しかし、数日後に屈腱炎を発症してそのまま引退!!

96年のJRA賞最優秀4歳牡馬(旧齢)を受賞。
8戦5勝(G1 1勝)

父のサンデーサイレンス
が良いのか?
母ダンシングキイ
がすばらしいのか?
・・
G1勝利に
JRA賞。

4代血統表 ダンスインザムード
(ダンスインザダーク&ダンスパートナー)

牝 5歳   2001年 青鹿 (千歳市)


*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)

Halo

 1969年 (米)
Hail to Reason
 1958年
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
 1953年
Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well

 1975年
Understanding
 1963年
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
 1964年
Montparnasse
Edelweiss

*ダンシングキイ


 1983年 鹿毛 (米)
Nijinsky

 1967年 (加)
Northern Dancer
 1961年 (加)
Nearctic
Natalma
Flaming Page
 1959年
Bull Page
Flaring Top
Key Partner

 1976年
Key to the Mint
 1969年
Graustark
Key Bridge
Native Partner
 1966年
Raise a Native
Dinner Partner

ダンスインザムード01生
ダンスインザダーク93生
ダンスパートナー92生

Almahmoud 4 x 5
Native Dancer 5+5 (母方)

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2006年12月 9日 (土)

ヒシアトラス ダート重賞名脇役

ヒシアトラス
生涯成績は36戦10勝
06エルムS G3 1着
06マーチS G3 1着
05平成S G3 1着
05フェブラリーS G1 3着

10月9日の南部杯2着後にノドの異常、
脚のむくみが見られ入院。
血管肉腫(全身の筋肉に転移する悪性腫瘍)と診断された。

有効な治療法がなく、12月6日安楽死の処置が取られた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダート重賞の常連だった、ヒシアトラス。

初の重賞勝ちは05の平安S。

04年は、
マーチS 4着
アンタレ、東海テをそれぞれ3着
その後OP、H戦を3戦連続2着
じり脚で
OPクラスを
勝ちきれない内容が続いた。

04年ラストの師走Sで
約9ヶ月ぶりの勝利。

そして05年の平安Sへ。
重賞も5度目の挑戦となっていた。

1番人気ジンクライスが外を回った直線、
最内で鋭くのびると
2着ブラックコンドルに3馬身半の圧勝。

ついに念願の重賞初勝利。
一気にフェブラーSへの展望が開けた。

次走は、やはり、
フェブラリーS G1

05年2月20日のこのレース、
メインテーマは、「新旧交代」

昨年の王者、アドマイヤドン、(04フェブ1着)
秋の王者、タイムパラドクス(JCD1着)
これまでのダート界の
強豪に
ヒシアトラスは、
正攻法で勝ったのだ。

新旧世代交代ーー

しかし、
時代は、別の次元で
さらなる新星を生んでいた。
メイショウボーラー。
影を踏ませぬレコードの快勝だった。

2着には、シーキングザダイヤ。

並み居る強豪に先着しても、
ヒシアトラスは、
ダイヤに首差の3着だった。

そして、彼は、また、
地味な重賞の常連に戻っていった。

今年(06年)の彼は、重賞を2勝、
1着2回-2着3回-5着2回
抜群の安定感
いぶし銀の存在感
地味な存在ながら、
確実に重賞の常連であった。

4代血統表 ヒシアトラス

牡 6歳   2000年 黒鹿 (千歳市)


*ティンバーカントリー

 1992年 栗毛 (米)
Woodman

 1983年 (米)
Mr. Prospector
 1970年 (米)
Raise a Native
Gold Digger
Playmate
 1975年
Buckpasser
Intriguing
Fall Aspen

 1976年
Pretense
 1963年
Endeavour
Imitation
Change Water
 1969年
Swaps
Portage

タックスヘイブン


 1991年 鹿毛 (千歳市)
Alydar

 1975年 (米)
Raise a Native
 1961年 (米)
Native Dancer
Raise You
Sweet Tooth
 1965年
On-and-On
Plum Cake
*タックスペイヤーズフォリー

 1984年 鹿毛 (米)
Lt. Stevens
 1961年
Nantallah
Rough Shod
Party's On Me
 1977年
Stevedore
Pardon My Speed

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Raise a Native 4 x 3
Swaps 4+5 (父方)
Native Dancer 5 x 4
Raise You 5 x 4
Nasrullah 5+5 (母方)

兄弟
ルミナスハーバー牝2歳
(父アグネスタキオン 母タックスヘイブン)

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2006年12月 5日 (火)

ウオッカで乾杯 阪神ジュベナイルF

四位は、3年ぶりのG1を手にした。

「あとは、鞍上が変わらないように、がんばりたいと思います。」
四位は、笑って言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
母に最初に跨ったのは武豊。
武は、勝たせてあげらず、
蛯名、松永、藤田、村本と乗り変わった。

2歳の夏にデビューするも、
なかなか勝てずに、
なんとか2勝で
桜花賞へすべり込む。

初のG1、
藤田を背に12着に敗れた。

その後も勝てずに
条件戦。
ある夏札幌の
条件戦。
母は9着の時、
ラスリングカプスは12着にいた。

最後に勝ったのは、900万下。
この時、鞍上武豊。
この馬との初勝利だった。

母の名は
タニノシスター。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
父は、四位が跨って、
未勝利を脱した。
その後、武豊でG3を連勝。

武豊は、
2月に骨盤骨折し
再び四位が跨った。

初のG1皐月賞。
「あの流れで前にいかないの?
と言う人がいるかもしれないけれど、
それでも力でねじ伏せられると思ってました。
考えていた以上に前が強かった・・。」

最終コーナー後ろから4、5番手。
怒濤の追い込みも3着に。

四位は馬を降りた。
次から武豊が跨った。

そして伝説のローテーション。
NHKマイルC3着し、
ダービーを勝った。
父の名はタニノギムレット

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

父の名は、タニノギムレット。
母の名は、タニノシスター。
その馬の名は、
ウオッカ。

デビュー前、
四位が調教を付けていた。

新馬戦は、鮫島が跨った。
2着に3馬身半の圧勝だった。

次は、四位が跨った。
しかし、2着。
またもコンビ解消か・・。

しかしそれは、
今後の為の・・・。
我慢の2着だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その馬の名は、
ウオッカ。

初のG1。
ついに本番。

武豊の跨る、アストンマーチャンを
交わしたところが
ゴールだった。
18_12_03hjf

四位は、3年ぶりのG1を手にした。

「あとは、鞍上が変わらないように、がんばりたいと思います。」
四位は、笑って言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

4代血統表 ウオッカ

牝 2歳   2004年 鹿毛 (静内町)


タニノギムレット

 1999年 鹿毛 (静内町)

*ブライアンズタイム

 1985年 黒鹿 (米)

Roberto
 1969年 (米)

Hail to Reason

Bramalea

Kelley's Day
 1977年

Graustark

Golden Trail

タニノクリスタル

 1988年 栗毛 (静内町)

*クリスタルパレス
 1974年 芦毛 (仏)

Caro

Hermieres

*タニノシーバード
 1972年 栗毛 (米)

Sea-Bird

Flaxen


タニノシスター


 1993年 栗毛 (浦河町)

*ルション

 1981年 黒鹿 (米)

Riverman
 1969年 (米)

Never Bend

River Lady

Belle Dorine
 1977年

Marshua's Dancer

Palsy Walsy

エナジートウショウ

 1987年 鹿毛 (静内町)

トウシヨウボーイ
 1973年 鹿毛 (静内町)

*テスコボーイ

*ソシアルバターフライ

コーニストウシヨウ
 1977年 栗毛 (静内町)

ダンデイルート

ローズトウシヨウ




4代血統表 アストンマーチャン

牝 2歳   2004年 鹿毛 (千歳市)


アドマイヤコジーン

 1996年 芦毛 (大樹町)

Cozzene

 1980年 (米)

Caro
 1967年 (愛)

Fortino

Chambord

Ride the Trails
 1971年

Prince John

Wildwook

アドマイヤマカディ

 1991年 栗毛 (大樹町)

*ノーザンテースト
 1971年 栗毛 (加)

Northern Dancer

Lady Victoria

*ミセスマカディー
 1974年 鹿毛 (英)

Tribal Chief

Hanina


*ラスリングカプス


 1993年 黒鹿 (米)

Woodman

 1983年 (米)

Mr. Prospector
 1970年 (米)

Raise a Native

Gold Digger

Playmate
 1975年

Buckpasser

Intriguing

Fieldy

 1983年

Northfields
 1968年 (加)

Northern Dancer

Little Hut

Gramy
 1971年

Tapioca

Gracile

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2006年12月 4日 (月)

小笠原 髭を剃る!!

ついに巨人入団会見の
小笠原選手

そこで
ついに
GY_2_ogasawara.jpg
ひげが無い!!

高津のような、
荒木のような、
そのお顔!!

曰く
「男のけじめだと思い、ひげをそった」

ニュースソース
サンスポ
スポーツ報知

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のだめカンタービレ ブラームス交響曲第1番

今日の、のだめカンタで
千秋が指揮した曲、
”ブライチ”
ブラームスの交響曲第1番

のだめカンタ最後で流れたもの悲しい曲は、
バーバーの管弦楽のためのアダージョ
(あれだよ、あれ。
 気がつきましたか?
 映画 プラトーンですよw)

という訳で
今日は、
ブラームス交響曲第1番について

ブラームスが21歳の時にこの曲に取りかかり、
43歳の時に完成した。

21年もの
異例の歳月をへて完成した、
ブラームスの代表曲。

闇から光への精神的闘争の内容であり、
ベートーベン第5番と同じように短い動機から構成され、
ベートーベン第9番の歓喜の主題と酷似して部分もあり、
ベートーベンの「第10番」とも名付けられた。

実は、玄人ごのみの曲で
クラッシク入門者にとっては、
案外つまらないと思われる。

しかし実は、
かめばかむほどスルメな曲で
悩みと悶え、
あきらめ、
そして、
闘争、
喜びへと
人生を味わう曲なのである。

まさに世界に羽ばたけない千秋と周りの環境を
あらわすのにぴったりな曲である。
(が のだめ では、重要な
第4楽章の「歓喜の主題」が放送されない!!
これはガッカリきわまりない。
激しい部分のみの放送だった。)

・駆け足で主な聞き所解説

第1楽章
千秋が葛藤や悩む場面等で登場する、
第1楽章のスタート部分
ティンパニのドン、ドン、ドン・・という連打と
ヴァイオリンとチェロの強烈な上昇旋律と
木管とヴィオラの下降旋律・・・
対位法的に、
緊張感と悲劇の訪れ感がたっぷりで演奏される。

この部分は、
(ウンポーコソステヌートと言う)
続くアレグロ部への序奏でしかなく。
実は後付け部分だが、
ねらい通りの悲劇感を生む名場面。

第1楽章は、この悲劇的なスタートから、
運命との闘い・反抗をへて終わる。

第2楽章
第1楽章の影響か?
少しわびしいいが人を寄せ付けない寂しさも漂う。
(この当たりが初心者には、聞きづらい!)

第3楽章
通常ならスケルツォになるところを
ゆったりとした間奏曲とした。
ここでゆったりとした落ち着きの中に
安住しようとさえする。
(さぁ初心者はいよいよ眠くなる!!)

しかし第2,第3楽章は驚異の第4楽章へのいわゆるBメロ。
聞けば聞くほど味が出てくるのは、この流れがあってこそ^^;

第4楽章
ゆっくりで堂々としたアダージョで始まり、
ピウ・アンダンテをへて、
(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・ブリオで)
どこか懐かしく、ほっとする、
ベートーベンの第9、歓喜の主題に達する。

よく似ていると言われるこの部分について、
ブラームスは、
「バカな奴らはよく同じように聞くよ」
と言ったとか
・・私は同じに聞こえないのでバカじゃないという事か?
(しかし、この聞き所、何故か
 のだめカンタでは、放送されない!!)

その後、興奮や激しさとともに歓喜の渦を迎え、
すぐ柔和となったか思うと、
また、興奮し、激し歓呼となったりとの、
感情のうねりを幾つか繰り返し、
2/2アレグロとなり、
たたみかけるように繰り返すクライマックスをえて
感動のフィナーレとなる!!
(ここはのだめでも分厚く放送 のだめも 涙w)

クラシック初心者には
第1楽章と
第4楽章を
まず聞いて頂きたい!

ブラームスが23年の
苦悩と苦労の末に
作り上げた
最高傑作
ブライチ
を是非聞いて下さいな。

おすすめCD
Wpcs21013m
1000円でもいけまっせ!!

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2006年11月30日 (木)

ハーツクライ引退決定

ハーツクライの正式引退が決定。
戦績
17戦4勝(他海外2戦1勝)
05有馬記念(GI)優勝 
06 ドバイシーマクラシック(海外G1)優勝

以下JRAのWEBから引用(クリックでJRAへ)

¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
平成16年京都新聞杯(GII)、平成17年有馬記念(GI)に優勝した
ハーツクライ号(牡5歳 栗東・橋口 弘次郎きゅう舎)は、
平成18年11月30日付で
競走馬登録を抹消することになりましたのでお知らせいたします。

なお、同馬は今後、種牡馬となる予定です。
¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥

4代血統表 ハーツクライ

牡 5歳   2001年 鹿毛 (千歳市)

*サンデーサイレンス

 1986年 青鹿 (米)
Halo

 1969年 (米)
Hail to Reason
 1958年
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
 1953年
Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well

 1975年
Understanding
 1963年
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
 1964年
Montparnasse
Edelweiss

アイリッシュダンス


 1990年 鹿毛 (千歳市)
*トニービン

 1983年 鹿毛 (愛)
Kampala
 1976年
Kalamoun
State Pension
Severn Bridge
 1965年
Hornbeam
Priddy Fair
*ビユーパーダンス

 1983年 黒鹿 (米)
Lyphard
 1969年 (米)
Northern Dancer
Goofed
My Bupers
 1967年
Bupers
Princess Revoked

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2006年11月29日 (水)

自信が確信に変わった

「自信が確信に変わったよ」

ーT市K氏のコトバ

ある事に自信があった彼は、
ある出来事をきっかけに
それが確信になったそうだ。

競馬だそうだ。

なんの事はない。
先日の競馬で複勝1点。

3番人気のウィジャボードが
3着に入ったのだ。

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2006年11月28日 (火)

ハーツクライ引退か?!

JC(11/26)を10着に敗れたハーツクライ
道中は先行、3番手を追走していたが、
4コーナー過ぎで失速
11頭だての10着に敗れた。

レース後の関係者のコメントは

ルメール騎手:
 ノドは鳴っていたが、それはいつものこと。
 (ノド鳴りのせいじゃない)

 ノーパワー。
 4コーナーから気配が急に重くなった。
 何で急に止まったか分からない
 
 言われているのどの病気が
 影響したのかは分からない。

橋口調教師:
 あんなぶざまな競馬をするような馬ではない。
 ハーツクライではない別の馬だった。

 やはり、影響したのかも。
 これ以上イメージを壊したくない。

と微妙なコメント

すかさず、
オーナー吉田照哉氏:
 間隔があきすぎていたからね。
 もしかしたらノドの症状が進行しているのかもしれない。
 まったく競馬になっていない、
 有馬記念へ使う。そこで好走すれば、
 来年もドバイに行くかも

 手術は考えられない。ダイワメジャーは
 3歳の時(ノドの手術)だったけど、
 これだけの成績を残している馬だから。
 あえて危険をおかす事はない。

と言ったものの
 これだけの功労馬、すでに5歳。
 喘鳴症の手術は危険も伴うし、このまま種牡馬入りもある

とも語り、

 もう一度検査して問題がないようなら有馬記念に向かいたい。

と現役続行を口にした。

一夜明けた27日

橋口調教師:
 あんなに惨敗をする馬じゃない。
 レースのあと、息遣いがすごく荒かった。
(ノド鳴りの)影響があったと思う。
 頭に引っかかっていたことが、現実のものになった。
 悪化しているんだろう。

 有馬記念でも、同じような結果を生む可能性がある。
 (オーナーと)話し合えば、自分の気持ちも伝わると思う。
 今週中にも、はっきりすると思う。

と強く引退を示唆する発言が飛び出した!!

有馬記念、来年の現役続行について
オーナーサイドと話し合いが持たれる事になった。
2005arima.jpg
2005有馬記念

関係記事(コメント一部引用)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061127-00000024-spn-spo
http://www.daily.co.jp/horse/2006/11/28/0000178305.shtml

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2006年11月27日 (月)

ご当地検定-北海道観光マスター検定-公認テキストに誤り!!

古い情報なので削除扱いとしました。
近年は大丈夫なはずなので参考にしないで下さい。
管理者 グルーデン


ご当地検定
北海道観光マスター検定第1回試験が
北海道商工会議所連合会、各地商工会議所主催で
平成18年11月23日(木)祝日に
道内14商工会議所で実施されました。

HPを見てみると
サンプル問題の例示があります。
例1
北海道のシンボルとして、1966年にQ1は「北海道の木」として、
1978年にハマナスが「北海道の花・・・略
Q1は、次のどれ
1シラカバ 2ポプラ 3エゾマツ 4トドマツ

例2
日本海からニセコ連峰を横切り洞爺湖へと続くニセコQ2ラインは、
雄大な山岳景観を楽しむことができるドライブルートで、途中Q3温泉のような
野趣あふれる温泉が点在し、Q4記念館のような文化芸術・・・略
Q2、Q3、Q4は次のどれ
1オロロン 2後藤 3パノラマ 4五色 5塩狩 6有島 7黄金 8高原

地元Pや少し旅行好きな人なら
解りそうな試験問題ですが
そこにまさか、まさかの
こんな(今となっては)罠があろうとは・・

試験に先だって
公式テキスト「北海道観光マスター検定」
約130ページなるものが
価格2,200円(税込)で売られておりました。

しかしこのテキスト、
とんでもない誤りの数々があった事が発覚!!
(公式HPでは一部誤りとの事)
しかも試験10日前の11/10!!

その内容とは・・・

・・・・(リンク1)
・・・・・・
・・・・(リンク2)・・・・・・・

世界遺産の知床横断道路R334を
R334.jpg
※正しいR334の写真
R234(道央岩見沢~苫小牧間)と表記したり、


日本で一番大きいカルデラ湖と屈斜路湖を
kusyaro.jpg
※カルデラの大きさ1番屈斜路湖の写真
日本で2番としたり、

北海道遺産、
増毛山地内の雨竜沼湿原を
uryu01.jpg
旭川市内と増毛山地内に配置し、

旭川市の旭橋を
asahibasi.jpg
増毛町に配置する地図を載せ、

マニアックな世界的文化行事
1990年バーンスタイン(ミュージカルWest Side Story作曲1990死亡)が
bernstein.jpg
札幌で開始したPMFを1995年開催とする(死んでるし。。)等

とてもとても
その対象物の
歴史的背景や意義を知った時に
これは(知的に)まずいだろうという、
誤り(罠)にあふれています。

この「一部誤り」を気づかずなければ
観光マイスターとは名乗れない、
いや、名乗ったところで赤面な罠です。

そんな公認テキストの罠がなければ、
道民には良いご当地検定なので
もし、来年も検定が存続するなら
もし、検定の模範解答や採点に罠がないなら
是非、今度、受けてみようかと思う!!

しかし、ひどいテキストだこんなんで2200円か・・

関連記事の正しい情報はこちら!
北海道遺産
http://www.hokkaidoisan.org/
雨竜町観光協会http://www.uryunuma.info/main/monitor/06/060803.html

なお、
北海道観光マスター検定

公式テキスト「北海道観光マスター検定」
訂正等は↑で確認して下さい。

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